リズと青い鳥 感想 

はじめに

 映画「リズと青い鳥」の感想です。公開初日に見に行ったのですが、感想を纏めるのに1週間かかりました。そのくらい凄い映画です。色々と解釈のしどころとか語りたいことがたくさんあるのですが、とりあえず今回は「感想」です。

 個人的な「解釈」はこっちに書きました

ku-mal.hatenablog.com

 公開1週間で全部を語るのは野暮すぎると思うのですが、踏み込まないと感想を書けないタイプの作品なので割とネタバレしています。その辺は留意してください。話の筋を知ってても楽しめる映画なので関係ないと言えばないですが。

 あらすじや劇場情報などは公式で確認してください。

liz-bluebird.com

 

いい点(お勧めできる点)

繊細な感情描写

 登場人物たちの心の動きが仔細に伝わってくる映像。この映画の魅力の9割はそこにあると言っていい。

 「感情描写」というと普通は表情の豊かさや泣きの芝居を思い浮かべるかもしれない。しかし、ここではそういった「分かりやすい」ものはむしろ抑えられおり、シーンごとの感情表現も劇的とは言えない。

 それでも感情が伝わってくるのは、ひとえに映像の端々に凝らされた演出の力と言っても過言ではない。例えばカメラワーク。「カメラの視点の置き方に非常に共感が持てる」というのはユーフォ本編のラジオで主演の黒沢ともよが語っていたことだが、こうしたカメラ使いの上手さはここでも受け継がれている。カメラの揺れやピントのずれ、喋っているキャラを中心に置かない構図。二人が日常会話を交わすような何気ないシーンでも、こうした細かい工夫がなされることで相手から視線を逸らしてしまう心情といったキャラクターの心の在り様が伝わってくる。「共感が持てる」という表現はまさに言い得て妙であり、カメラ越しにキャラクターと感情がリンクする感じがするのである。

 他にも「極端なパワーワードがない自然な台詞まわし」「間の取り方」などドラマチックな要素をなるべく抑える演出がなされている。その上で上記のようなキャラクターとの共感を促す工夫が凝らされることで、大げさな芝居よりもより切実に、かつ細やかに心情が伝わる。言葉にしたら単純な話かもしれないが、それをここまで突き詰めて映像表現に落とし込んでる作品はなかなかない。この繊細さに触れてみるだけでも視聴体験として価値がある。

 

演奏シーン

 「演技・演出」としての演奏というのが非常に高い完成度で実現されている。

 物語の中である楽章を演奏するシーンが2回あるのだが、1回目と2回目では演奏の内容が全く違う。1回目ではみぞれと希美がお互いに心を開けないでいる状態での演奏。2回目はみぞれが柵(しがらみ)から抜け出して自由に吹く演奏となっている。この2つの演奏の違いが2人の関係性の変化を描いているのだが、この変化がちゃんと聴くだけで分かるように演奏されている。作品として考えたら重要な部分なので当たり前と言えば当たり前なのだが、ただ上手く吹くだけではない演奏を通した「演技」がしっかりと設計されている。さらに、鑑賞してる側にそれが伝わる。これはやはり凄いことだと思う。

 具体的な話は「一聴に如かず」なのでぜひ劇場で確かめてほしいのだが、個人的な押しポイントをいくつか挙げる。

 まず1回目の演奏。音程やリズムなど目に見える破綻はない*1のだが、聴いてて面白くない演奏にちゃんとなっている。これは2回目の「本気を出した」みぞれの演奏と比べると非常に良く分かるので、2回観て確かめてほしい。

 次に、2回目の演奏。二人の演奏も聴きどころ*2なのだが、個人的には他の部員たちが「感化」されてる様子が演奏から伝わってくるのも面白いところだと思う。演奏後に「聞き惚れちゃって自分の演奏に集中できなかった」と話していた久美子が実際に少し遅れて入っていたのは分かりやすい例だが、それ以外の生徒も少なからぬ影響を受けていたことは演奏から分かる。例えばみぞれと希美がかけあいのソロを吹いているときに合いの手で入るハープ。2回目の冒頭のところでは少しおかしいタイミングで入っている。後からもう一度入ってきたときは上手く入れてるので、この合いの手の「ズレ」はみぞれが今までと違うオーラのある演奏に咄嗟についていけなかった結果だと考えられる。

 これ以外にも、みぞれの演奏を中心に全員の演奏が底上げされたように魅力的になっていたところも非常に面白い。普段演奏をしてない人だと分からないかもしれないが、一人の演奏が周りの人間まで上手くしてしまうというのはオケや吹奏楽では本当によくあることなのである。

 

悪い点(お勧めできない点

掴みが弱い

 序盤は少し退屈気味。冒頭のみぞれが希美を待つシーンから始まり、二人の現在の関係性が非常に繊細なタッチで描かれるのだが、正直あまりに繊細すぎてフックが足りない。明確に「笑いどころ」になる小ボケもなく*3、エンタメを期待するとこの辺でかなり肩透かしを食うことになる。ナレーションなどが無いため心情の読み取りの難度が高いというのもハードルのひとつ。シーン毎のみぞれの心の動きに少しでも共感できればそこから連鎖的にお話に入っていけるので、冒頭30分がこの映画にはまるかどうかの試金石になっているというところか。

 

全体的な話の起伏

 上述した演出の繊細さが徹底して貫かれているため、全体として話の起伏が非常に抑えられている。基本的な構造は「解決すべき問題」が提示され、登場人物の関係性に変化が生じ、結果として問題が解決するというオーソドックスなものなのだが、解決すべき問題がかなり弱い。「楽章のソロが上手く吹けない」というのは本人には重要な問題だが、社会的名声や物質的な価値は高いとは言えない。ストーリーだけ見た場合、この問題が解決してもカタルシスがあまり得られないため、イマイチ盛り上がらない。

 とはいえ、登場人物の心情と関係性の変化が本筋であって演奏は変化の過程を端的に示すための装置と考えればこのくらい弱い方がいいとも言えるのが悩ましいところ。悪いところというより映画上の性質といった感じだが。

 追記:2回目の視聴で思ったことなのだが、この映画を「つまらない」と感じるもう一つの理由として「分かりやすさ」があると思う。この映画、演出は繊細なのだが話の内容はものすごく分かりやすい。時系列の行ったり来たりも最小限だし、迂遠な言い回しの台詞もない。「いつ・どこで・誰が・何をして・どうなったか」を理解するのに何の不自由もない。また、感情の変遷についても繊細な部分は汲めなくても最小限のところは分かるように表情や台詞で示している。そのため、シーン毎に集中して見なくても話としては理解できるので、細部の作りこみを見ないと「なんか間延びした話だな」で終わってしまうこととなる。分かりやすさが時に悪い方に働くというのも因果なものである。

 

エンディングテーマ

 個人的な要望なのだが、あのエンディングテーマはイマイチ。そこまでずっと吹奏楽のクラシカルな音楽が続いていたのにいきなり洋ロックというのは唐突すぎると思う。加えて、日本語の訳詞をそのまま画面に出す演出もいまいち。文面は歌詞なので婉曲的であるにしても、言葉にして映すだけでかなりストレートなメッセージ性が生まれるので、それまでの繊細な空気にそぐわないように感じる。山田監督があの手のサウンドが好きなのは分かるが、やるなら聲の形のときみたいに頭でやってほしかった。一部では作品について「山田のオナニー」という評を見たが、正直このエンディングに関してはオナニー感があったと思う。

 

 

全体の感想

 良さがそのまま悪さにもなるといった作品。言葉や表情というよりは映像そのものからキャラクターと視聴者の感情をリンクさせようという演出は、はまれば高い共感を生むが、はまらないとただの退屈な画面になってしまう。加えてストーリーも分かりやすい問題を解決してカタルシスを生むような作りにはなっていない。そのため、画面に惹きつけられ続けて最後まで見きってしまうか、盛り上がらないまま退屈に終わってしまうか。この2つの両極端な感想のどちらかになってしまう。

 正直、もっと気楽に見ても感動できるつくりにしてもよかった気はするが、観てる側の集中力が途切れたら途端に面白さが失われてしまう危うさはそのまま美しさであり魅力でもある。万人受けは無理だと思うが、特定の人には確実にクリティカルヒットな作品なので、ぜひ見に行ってほしい。ユーフォ本編のファンよりはむしろ数年来の京アニファン、特にたまこラブストーリーとか聲の形にはまった人にお勧めしたい。

 間違いなく「記録的大ヒット」などにはならないし、何ならすぐに打ち切られる可能性も十分にある。思い立ったが吉日。GWの間にぜひ見に行ってほしい。

 

留意点(意見が欲しい点)

 以下、個人的に判断がつかないので意見が欲しい点です。

「映画」として完結しているか(あるいはユーフォ本編との関係)

 このアニメは形式上ユーフォのスピンオフという位置にあるが、宣伝などではそれに一切触れられず、別物のように扱われている。この曖昧なポジションはそのまま「映画」としての評価を迷わせる結果にも繋がっている。

 別物という視点は確かに正しい。実際、ユーフォ本編とは演出(特にセリフ回し)のノリもストーリーのスピード感も違う。そのため、同じものを期待して見るとやや肩透かしである。感情のもつれや人と人のきれいなままでは交われない心の底での交流といった部分は変わらず共通してるが、アプローチだけでここまで雰囲気変わるんだなと感心する。

 しかし、完全にユーフォから独立した作品として見るとなると、やや説明不足に思う。序盤はモノローグもないし、季節の言及も二人の学年も明言されない。描写で分かると言えばそうなのだが、初見はそういった基本的な情報に上乗せして更に細かい感情の機微を読み取らないといけない。そうなるとかなりの集中と理解力を要求されることになる。正直、ユーフォの一期二期を見ていた筆者も序盤は「これいつ頃の話なんだ」となったし、

 そんなわけで「響け!ユーフォニアム劇場版スピンオフ」としてみると本編と落差がありすぎるし、ユーフォ本編と切り離すと分かりづらい気がする。まさに帯に短しタスキに長しを地で行く感じである。所詮ユーフォ本編を見てしまった筆者では正確な判断を下せないので完璧な初見の人の意見を聞きたいところ。

 

「大好きのハグ」のくだり

 リアルの女子高生は「大好きのハグ」をするのだろうか、という疑問。そこまでの感情の推移の描写や台詞の選び方が自然だっただけに、この大好きゲームだけなんか浮いてるように感じてしまった。劇中で登場する「ハッピーアイスクリーム」は80年代に流行した遊びだったので「大好きゲーム」も元ネタがあるかと思ったが、そういうわけでもない。筆者にはこのゲームを普通の女子高生が臆面もなくするものとは思えないのだが、残念ながら現在でも過去でも女子高生だった経験はないので「絶対ない」と断定することもできない。ここについては女子高生からの意見が欲しい。

*1:本当は細かいところで拍が遅れてたり音の伸びが足りなかったりすると思うのだけど、具体的になにが足りないかは相当聴きこまないと分からない

*2:2回目に聴いたときはこのシーンで本当に泣きそうになった

*3:筆者はみぞれの一部の言動と依存的な態度にあまりに覚えがあったため思わず変な声が出てしまったが、常識的に考えてそこは笑いどころではなかった