リズと青い鳥 解釈と考察① ―——剣崎梨々花に気をつけろ―——

はじめに

 これは映画「リズと青い鳥」についての解釈と考察です。ネタバレというレベルを通り越して本編を見ていないと何も分からない書き方になっています。もし見てない人がいたらまずは見てみてください。

 ちなみに初見で書いた感想と紹介に近いものはこちらにあります。

ku-mal.hatenablog.com

 後、この記事は劇場で2回観た上で書いていますが、正直全部を掴みきれて書いたとはとても言えません。なので鑑賞した方々、有識者からの意見をお待ちしております。

剣崎梨々花という存在

 この映画に登場する中で最も重要な人物、それは剣崎梨々花である。この記事ではその存在がいかに重いかということを解釈していきたい。

 まず、劇中での梨々花の役割を確認する。

 一つはみぞれの心を開くもの。これは映画を見ると分かる通り、みぞれが希美(と3年生組)以外に初めて交流し接点を持つ他人という役割である。*1

 次に、希美に告げるもの。これに関しては次のブログを参考にしてほしい。

www.bono1978.com

 ここで指摘されている通り、希美にゆで卵を渡すことでみぞれが希美にとらわれている事*2を告げる、という象徴的な役割を梨々花は担っている。更に加えるなら、上記の「みぞれとの新たな接点」となることで「嫉妬」という感情を希美に気付かせるという役割もこなしている。つまり、「みぞれにとっては自分だけが特別」という地位を希美からはく奪することで、みぞれへの気持ちが希美の意識の表層まで現れて自覚できるように促しているのである。みぞれが「誘いたい娘がいる」といったときの希美の表情と間からもこの事はうかがえる。

 そして、三つ目の役割は「みぞれの音楽的才能」を視聴者に向けて引き出して見せるという点にある。これは非常に重要な要素である。みぞれの才能はこのアニメの重要な要素なのだが、一見するとそれが明確に示されるのは希美のセリフとソロパートだけのように思える。しかし、実際はそのずっと前、剣崎梨々花とみぞれが二人でオーボエを吹くシーンで如実に引き出されているのである。ここをただのワンシーンだと思ってしまった人は、今すぐ観返しに劇場へ行ってほしい。ここで奏でられているみぞれのオーボエはとても自由でのびのびとしており、何より「音楽的」である。映画の重要な要素がここでさらっと登場しているのである。この演奏だけではよく分からないという人でも、次のカットで出てくる二人の演奏を聴いた希美の表情、全奏での退屈な演奏との対比などを見れば十分気づけると思うので注目して観てほしい。

剣崎梨々花を「特別」にするもの。

 とはいえ、物語的な役割だけで見ると彼女は重要人物の一人にとどまるし、彼女と比肩するような重要度の存在は何人か出てくる。3年生組の躊躇していた領域にがっつり踏み込んで物を申した上に希美の心につっかかっていたものを演奏でぶっ飛ばした高坂麗奈とか。存在そのものが「才能の有無」について語っている新山先生とか。

 そんな中で剣崎梨々花を最も重要と言わしめる要素、それはBGMにある。

 結論から言えば、彼女だけが登場人物のなかでBGMに「ライトモチーフ」を持っているのである。

 ライトモチーフとは音楽用語である。ざっくりと説明するなら音楽の中でのキャラクターの象徴あるいはキャラクター特有の旋律と言える。言葉だけでは説明しにくいのだが、幸いと言うべきか分かりやすい例はこの映画の中にある。「リズと青い鳥」という曲そのものである。課題曲として演奏されるのは3楽章だけだが、この曲自体はリズが登場するシーンでBGMとして使われているので耳を研ぎ澄まして聞いてほしい。場面は違っても似たメロディーが聞こえてこないだろうか。この似たメロディがライトモチーフである。映画のBGMなどではこのライトモチーフをキャラクターごとに用意し、伴奏の形や音程を変えて流すことでその心情を表現する補助手段として使用したりする。*3

 さて、BGMを考えるうえで重要なライトモチーフなのだが、実はこの映画でライトモチーフを持っている存在は上記したリズと青い鳥を除いてたった一人しかいない。それが剣崎梨々花である。

 なぜ彼女だけがライトモチーフを持っているといえるのか。一つは「登場するシーンに特定のBGMが流れ、そのBGMは登場シーン以外では流れない」という条件を満たしているキャラが彼女以外にいない点にある。とはいえこれだけでは「彼女以外にライトモチーフを持ったキャラがいない」という事しか示していない。”彼女だけが持ってる”といえる理由。それは彼女がオーディションに落ちたことを報告して泣くシーンにある。ここのBGMは最初だけ聴くと彼女が登場するほかのシーンと違うように思える。しかし、よく聴くとラストで他の登場シーンで聴いたメロディが出てくるのである。つまりライトモチーフの特徴である状況に合わせた変形をここでなされているのである。これが彼女だけが持っているといえる理由となる。

 剣崎梨々花だけがライトモチーフを持っている。これはとても重大な事実である。なにしろ主人公である希美・みぞれすら持っていない*4ものを彼女は持っているのである。*5極論すれば、この映画において剣崎梨々花は「リズと青い鳥」という童話と並ぶくらい重要な存在として位置付けられていると言えるのである。

剣崎梨々花は何者だ

 これだけ特殊な扱われ方をされる剣崎梨々花という存在は何者なのか。本当にただのサブキャラクターなのか。

 これはこの映画の中だけで考えた個人的な推測の範疇を超えない話なのだが、彼女は「もう一人のみぞれ」あるいは「みぞれの表には出ない面を表出させた存在」なのではないだろうか。これは単にみぞれと梨々花が対照的な存在であるというだけの話ではない。梨々花こそ希美以上にみぞれと深いところで結びついているキャラクターなのではないか、という考えである。

 この考えの出発点となったのは、劇中に示された符号関係からの類推である。「リズと青い鳥」という童話と現実の人物の関係について「希美=リズ」「みぞれ=青い鳥」という符号が劇中では見出されていた。しかし、このお話の中で青い鳥は実際には「少女」と「鳥」の二つの側面を持っている。リズの鳥かごにとらわれていた青い鳥は少女の姿をしていた。つまり、「”少女”としての青い鳥」が序盤でのみぞれである。だとすれば、彼女の持っていない「”鳥”としての青い鳥」の面を持った存在が剣崎梨々花ではないか、と考えられるのである。

 みぞれと梨々花についてのこの考えはあくまで推測の域を出ない。だがしかし、根拠となる要素、この考え方に基づくと説明のつく描写がいくつかあるので挙げたい。

 ひとつは「剣崎」という名前を発するときに多くのキャラが「鎧」と言い間違える場面。「本人が自己紹介の持ちネタとしている」という説もそれはそれで面白いのだが、あまり腑に落ちるものではない。*6むしろ梨々花がみぞれの別の側面を持った存在であることの示唆と考えた方が良いのではないだろうか。映画全体の演出の繊細さと比べて安直に思えるかもしれないが、それすら剣崎梨々花がライトモチーフという「分かりやすい」演出方法で彩られたキャラクターだという事を踏まえるとむしろ傍証となると思う。

 もう一つは先ほども挙げた童話「リズと青い鳥」と劇中の描写の対応関係にある。

 童話の中で、リズは少女が青い鳥であるという事実に最初は気づいていない。少女が鳥としての一面を見せることで少しずつ察していき、ついに「鳥の面を取り戻した少女」を隠れ見ることで気づく。つまり、「青い鳥の少女の面=みぞれ」が存在だけでは足らず、「青い鳥の鳥の面=梨々花」が存在することで初めてリズ=希美は青い鳥を籠から解放できるのである。つまり、梨々花が存在しなかった場合、希美とみぞれの関係が劇中のような変化を遂げなかったのである。

 これは上記で振り返った梨々花の役割を考えれば当然と言えよう。梨々花とみぞれの接近が希美の優位性を奪い、嫉妬を表出させ、籠からみぞれを解放するのである。梨々花とみぞれのオーボエ二重唱とそれを聞く希美というシーンは、”少女”から”鳥”に戻った青い鳥とそれに気づいてしまったリズというシーンと重ね合わさるのである。*7

 

結論:剣崎梨々花に気をつけろ

 上記した以外でも、劇中での彼女の登場の仕方*8、「ゆで卵」*9というアイテムを希美に対して差し出すところ、などなど。考え出すときりがなく、様々な要素が「”鳥”としての青い鳥に符合する梨々花と、”少女”としての青い鳥に符合するみぞれ」を裏付けているように思えてくる。

 もちろん、この考え方が推察の域を出ないことは百も承知である。しかし、剣崎梨々花にまつわる謎を考える上でこの解釈は正解とはいかずとも近いところまで行ってるのではないかと思う。それに何より、リズと青い鳥」という童話とみぞれたちの現実とのリンクをみぞれたちが気づいたこと、口にした台詞だけでとどめて解釈するのはどうかと思うのである。あれだけ言外に語ることが多かったこの作品について、そこだけ単純な対応関係だけを導くのは、そちらの方が不自然ではないだろうか。

 とはいえ、筆者から確実に言えることはただ一つである。剣崎梨々花に気をつけろ。彼女が何者であろうとなかろうと、この作品において彼女を注視しないでいていい理由はない。この映画を繰り返し観る中の一度でいい、この言葉をよく刻みつけて観てみてほしい。

*1:正直、夏紀・優子とみぞれの関係というのは一方通行的なものにも見えるのだが、みぞれから見た二人はどういう存在なのだろうか。

*2:このゆで卵が意味するものについて「希美自身の才能の無さ」を告げるという解釈も見たのだが、どこで見たか記録し忘れてしまった。

*3:この説明はとても簡略化したうえにアマチュア耳学問で書いた不正確なものなので、正確なことが知りたい人は調べてほしい。

*4:あるいは作曲者である牛尾氏の中では存在するのかもしれないが、分かりやすい形では表出していない。旋律ではなく楽器の組み合わせなどで表現されている可能性はある。

*5:さらに捕捉すると、希美とみぞれがライトモチーフを持たないこと自体は演出との兼ね合いから考えるとむしろ正しい。ライトモチーフの「分かりやすさ」は彼女たちの繊細な心情を描こうという意図にはあまりそぐわないし、そもそも演出としてやや古い手法である。

*6:分かりやすいジョークやおふざけを徹底して廃している全体の作風や梨々花本人が名乗るときのテンションから考えても「持ちネタ」とは言い難いのではないだろうか。

*7:そして、青い鳥が鳥から少女に戻ってリズのベッドに潜り込むシーンは、みぞれの希美への気持ちとリンクするのである。

*8:梨々花の初登場シーンは他のキャラに比べてやや唐突にである。他のキャラクターが初登場するときは「挨拶」や「誰かが来る音」と言った呼び動作があるにも関わらず、彼女だけは唐突にカットインするように現れるのである。しかもみぞれのすぐ側に。この唐突な登場が映画全体の雰囲気とは少し趣きを異にする点。そしてみぞれとの物理的な位置関係からも「梨々花がみぞれから表出した存在である」という推察はできるのではないだろうか。

*9:これもまた分かりやすく象徴的なアイテムである。彼女に関わる要素はこのように何かほかのキャラとは異なるものがある。